2006年04月16日

空(カラ)になればなるほど、精神の器は大きくなる

私たちは、日々食事をして生命維持に努めます。
ただ単に腹を満たすためならば、味や食感などにこだわる必要はなく、
とにかく胃袋をいっぱいにすることだけを求めていけばいいのです。
でも、そうじゃないから、おいしいものを求め食し、「あ~おいしかった」と喜びも“味わう”のです。

これをを“人生”と置き換えた場合、同じことが言えるのではないでしょうか?
ただ単に生活をしていきたいだけなら、職種や環境などにこだわる必要はなく、
とにかくいっぱい働いていくことだけを求めていけばいい。でも、そうじゃないから、
よい経験を求め努力し、「あ~いい人生だった」と喜びも“味わう”のではないでしょうか?

ここで問題になるのは、食べ物(経験)はきちんと“消化”しなくてはならないこと。
健康な胃は食物を、健康な人生は経験を素早く消化します。
私たちは、食べ物は胃で受け止め、経験や知識は精神という“器”で受け止めます。

“満腹である”ということ自体は悪いことではないのですが、それがずっと“残って”いると、
他のおいしいもの、よい経験が現れたとしても、新しい価値を受け入れられなくなってしまいます。
そして消化出来ずに残ったものは中で腐りはじめ、様々な障碍を引き起こしてしまうのです。
「昔は~だった」「最近の若い者は」「以前~だったから、今回も~だ」…等など。

良い経験が腐るとこうなり、また後悔した経験が腐ると、「でも~だ」「~だったら」「~であれば」
「きっとだめだ」…等になって、なべ底の焦げのように人生にへばり付いてしまうのです。
そうなると、何を食べても“おいしい”と感じなくなり、経験に対して“拒食症”となるか、満足感がなく鈍くなり“過食症”となってしまうのです。

満腹すぎて胃にもたれていると“ハングリー精神”にはなれません。
大切なことは、経験はおいしく食べて、さっさと消化して、“喜び”という栄養に換えて活力にし、
また経験をおいしく食べること。
そのことで、見るもの触るものみな新鮮に感じ、一度目よりも二度目、二度目よりも三度目…と、
喜びがどんどん大きくなっていくのです。

「食べ物、経験、お金、人間関係」…これらを“消化不良”を引き起こすことなく“喜び”に換えることが必要なようです。

p.s. 私はいくらカレーライスが好きでも、一週間以上は食べられません。
昨日食べたことを忘れられれば、おいしく感じるはずなのですが…。

参: 経験は排気ガス 本田宗一郎
苦しさとは、つまらない過去を忘れられないということだ



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